「虫歯が神経の近くまで進んでいるので、神経を取りましょう」と言われて、不安になった方へ①
深い虫歯でも神経を残せることがある?
歯髄保存療法とMTAセメント
「虫歯が神経の近くまで進んでいるので、神経を取りましょう」と言われて、不安になった方は多いのではないでしょうか。
結論から言うと、虫歯が深くても、神経(歯髄)を残せる可能性がある場合があります。
ただし、すべての歯で可能なわけではなく、歯髄の状態を正確に診断することが前提です。
この記事は、前回の「神経を取ると言われたら、知っておきたい5つのこと」の続編です。今回から次の内容を解説します。
- 歯髄保存療法とは何か
- 虫歯をどこまで取り除くか(選択的除去と徹底的除去)
- MTAセメントの特徴と限界
- 成功を左右する感染管理と、治療後の修復
- 神経を残せない場合に必要になる根管治療
歯髄保存療法とは
歯髄保存療法とは、虫歯や外傷などで歯の神経である歯髄が危険にさらされたとき、歯髄をすべて取らずに、健康な部分を残す治療の総称です。
代表的な方法は次のとおりです。
- 直接覆髄:歯の破折や外傷などで、感染していない歯髄が露出した場合に、保護する材料を直接置く方法
- 断髄:虫歯が原因で歯髄が露出した場合など、感染や炎症が及んだ部分の歯髄だけを取り除き、その奥の健康な歯髄を残す方法。虫歯による露髄では、直接覆髄ではなく、こちらを検討します
- 歯髄に近い部分の慎重なう蝕除去:歯髄を露出させないよう、深い部分の処置を調整する方法
歯髄を残す理由は、歯に栄養や感覚を与える組織を保てるからです。ただし、残すこと自体が目的ではありません。
残せる状態の歯髄を、適切な条件で残すことが目的です。
どこまで虫歯を取り除くべきか?選択的除去と徹底的除去
深い虫歯の治療では、もう一つ重要な判断があります。それは、虫歯をどこまで取り除くかという問題です。
考え方は大きく3つあります。
- 選択的う蝕除去:歯髄に近い深い部分では、軟らかい象牙質の一部をあえて残し、歯髄の露出を避けながら、周囲を適切に封鎖する方法
- 徹底的(非選択的)う蝕除去:虫歯に侵された歯質を可能な限り取り除き、感染した組織の除去を重視する方法
- 段階的除去:数か月の間隔をあけて、2回に分けて虫歯を取り除く方法
では、どれが正しいのでしょうか。実は、すべての症例に当てはまる唯一の正解はありません。
選択的除去には、歯髄の露出を避け、歯髄を残せる可能性を高めやすいという利点があります。一方で、残した象牙質を長期間しっかり封鎖できることが条件です。封鎖が不十分であれば、良好な経過は期待できません。
徹底的除去は、感染した歯質を確実に取り除くことを重視します。
一方で、深い虫歯では、その過程で歯髄が露出するリスクがあがります。
適切な方法は、次のような条件によって変わります。
- 虫歯の深さと広がり
- 歯髄の診断結果(症状・検査・画像所見)
- 歯の残っている量
- 確実な修復・封鎖が可能かどうか
実際の臨床では、選択的除去は、トンネルを掘り進めるような作業に似ています。どこで露髄するのか、歯髄との間に残っている象牙質が何ミクロンなのか、その象牙質にどれだけ細菌がいるのかは、処置中に正確にはわかりません。
そのため、選択的除去で封鎖修復(シールドレストレーション)を目指していても、途中で露髄した場合は、そこから徹底的除去に切り替え、断髄か根管治療を検討します。
また、根管治療の成功率と、深在性う蝕で歯髄保存を行う場合のリスクを比べても、どちらが優れていると言い切れる答えはありません。歯髄保存がうまくいけば、歯の内部の組織を残せます。一方で、うまくいかなければ、痛みが出て追加で根管治療が必要になります。
参考までに、これまでに報告されている成功率の目安を示します。
|
治療 |
報告された成功率 |
出典 |
|---|---|---|
|
抜髄を含む初回の根管治療(1年以上経過) |
82%(厳しい判定基準)/92.6%(ゆるい判定基準) |
|
|
虫歯で露髄した永久歯への断髄 |
86.7%(95%信頼区間 82.0〜90.7%)。歯髄炎の診断が可逆性・正常の場合は92.0%、不可逆性の場合は82.4% |
|
|
虫歯で露髄した永久歯への直接覆髄 |
72.9〜95.4%(経過観察の期間で変動し、3年を超えると72.9%) |
これらの数字は、そのまま比べられるものではありません。研究ごとに、成功の定義(症状がないこと、レントゲンで根の先の病変がないことなど)、対象の歯、経過観察の期間、術者が異なるためです。また、断髄の成績が研究の種類によって80%台後半から90%台後半まで幅があること、断髄の統合解析自体が「確実性は非常に低い」と評価されていることにも注意が必要です。
成熟した永久歯で、虫歯による露髄に対する断髄と根管治療を比べた統合解析では、成功率に有意な差はなかったと報告されています(系統的レビュー 2024)。ただし、これは研究での数字であり、個々の歯の結果を保証するものではありません。
だからこそ、患者さん自身が何を大切にしたいか(歯髄を残せる可能性、治療の見通しやすさ、通院回数や費用など)も、治療法を選ぶ理由の一つになります。
大切なのは、どちらか一方を常に正しいと考えないことです。歯髄を保存できる可能性、感染の状態、治療後の封鎖性を総合的に考え、その患者さん・その歯に合った方法を選ぶことです。
虫歯をすべて取り除くことだけが目的ではありません。かといって、虫歯を残せばよいわけでもありません。歯髄を守りながら、長期的に安定した修復につなげるために、どこまで取り除くかを判断することが重要です。
次回はMTAセメントの特徴からお伝えします。
まとめ:神経を取る前に、歯髄の状態を診断することが重要
- 虫歯が深くても、歯髄の状態によっては、神経を残せる可能性がある
- 虫歯をどこまで取るか(選択的除去・徹底的除去・段階的除去)に、唯一の正解はない
- MTAなどの材料だけで成否は決まらず、診断・感染管理・治療後の封鎖が重要
- 神経を残せない場合は、精密な根管治療が必要になる
神経は、一度取ると元に戻せません。だからこそ、治療を決める前に、歯髄とその歯の状態を丁寧に評価することが大切です。
当院の歯髄保存・精密根管治療について
当院では、歯髄の状態を診査・診断したうえで、歯髄保存療法が適応となるかを検討します。保存が難しい場合は、ラバーダムやマイクロスコープを用いた根管治療を含め、歯の状態に応じた方針をご説明します。
「神経を取ると言われたが、本当に必要なのか知りたい」という方は、治療を始める前に、ご相談ください。

